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福岡地方裁判所 平成5年(ワ)261号 判決

東京都〈以下省略〉

原告

山一証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

河端修一

平野良晃

佐賀県唐津市〈以下省略〉

被告

Y1

右同所

被告

Y2

右両名訴訟代理人弁護士

吉岡隆典

主文

一  被告Y2は、原告に対し、金一二六七万九三四七円及びこれに対する平成四年九月一七日から支払済まで日歩四銭の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告Y2の、その余を原告の負担とする。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告両名は、原告に対し、連帯して金一六七五万九三四七円及びこれに対する平成四年九月一七日から支払済まで日歩四銭の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告両名の負担とする。

三  仮執行宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  信用取引契約締結

(一) 原告と被告Y1(以下「Y1」という。)及び被告Y2(以下「Y2」という。)とは、原告と被告らとの間の株式の売買取引の受委託につき、平成四年四月一四日、後記(三)記載の約定を内容とする信用取引契約(信用取引口座開設。以下「本件取引契約」という。)を締結した。

(二)(1) 原告と被告Y2とは、原告と被告Y2との間の株式の売買取引の受委託につき、平成四年四月一四日、後記(三)記載のとおりの本件取引契約を締結した。

(2) 被告Y1は、右同日、被告Y1を契約当事者とする旨の本件取引契約書である信用取引口座設定約諾書及び確認書兼信用口座開設申込書に署名・捺印するとともに、被告Y1が主債務者として債務を負担する旨確認するなどした。

同被告の当該所為は被告Y2の債務を重畳的に引受け、あるいは連帯保証したと擬律できるものである。

(三) 契約内容

(1) 原告と被告ら(請求原因(一)との関係においては被告両名、同(二)との関係においては被告Y2。以下同様。)間の株式の信用取引に際し、原告は被告らに対し、株式買付けの場合には、当該買付決済日に、当該買付け有価証券及び委託保証金を担保とし、当該買付約定価額全額に相当する金銭の貸付けを行い、株式売付けの場合には当該売付決済日に当該売付代金及び委託保証金を担保とし、当該売付け有価証券の貸付けを行う。

(2) 前記によって、原告が被告らに対して、金員を貸し付けた時は、被告らは原告に対して、直ちに右貸付金を返済する。

被告らが右支払いを怠った時は、被告らは原告に対して、履行期の翌日から日歩四銭の割合による遅延損害金を支払う。

(3) 被告らは、東京証券取引所受託契約準則に服するものとし、原告は、被告らが、所定の時限までに、信用取引に関し預託すべき委託保証金若しくは支払うべき金銭を原告に預託せず若しくは支払わないとき又はその貸付けを受けた買付代金若しくは売付有価証券の弁済を行わない場合には、原告は、当該売買取引又は信用取引を決済するために、被告らの計算において、株式の売付契約又は買付契約を締結することができる。

2  原告会社において、被告らの名義(計算)においてなされた取引の内容及び結果等は次のとおりである。

(一) 平成四年五月二〇日、三井信託銀行三万株(単価八七七円)のカラ売を第一回として(同年五月二二日二千万円小切手入金)、同年八月七日の時点での取引状況は、三井信託銀行株式の信用売残合計一一万七〇〇〇株、評価損五四五万九三七九円、現金保証金三七一二万〇七五一円であった。

(二) 平成四年八月一九以降の取引内容は次のとおりである。

(1)① 平成四年八月一九日 カラ売 三万株(単価六八四円)

同日 カラ売 二万株(単価六八七円)

(2) 被告Y2は、同年八月二一日、追加保証金一〇〇〇万円を差入れた。

(3)① 同年八月二四日 買決済 八万株(単価九一三円)

② 金二四五七万二六〇七円の損金発生

全額保証金から充当

(4)① 同年八月二八日 買決済 二〇〇〇株(単価九〇〇円)

② 金六四万九四四七円の損金発生

全額保証金から充当

(5)① 同年九月一〇日 買決済 五万三〇〇〇株(単価一一〇〇円)

同日 買決済 三万二〇〇〇株(単価一一一〇円)

② 金三八六五万八〇四四円の損金発生

内金二一八九万八六九七円は保証金から充当

(6) 未決済損金 金一六七五万九三四七円

原告は、被告らに対し、当該売付代金及び委託保証金を担保として、本件の三井信託銀行株の貸付を行い、また、被告らの右株券の返還義務は、通常反対売買である買付けの注文を入れて行われ、買付けに当り、原告は被告らにその買付け代金額を貸し付けたものである。そして、この買付けた株で株券の返還義務が履行され、貸付金の返済は当初の売付代金及び委託保証金から充当されたが、その残金が、前記未決済損金となっている。

3(一)  前記の被告らの名義においてなされた各取引は、いずれも被告Y2の指示に基づくものである。

(二)(1)  平成四年八月二一日の終値は、金八二二円で、株価の変動により、三〇〇〇万円以上の計算上の損失を生じ、同月二四日の株価が九〇〇円を越えた時点では約四〇〇〇万円の計算上の損失を生じていたのであって、同日、被告らは原告に対して、直ちに追証を差し入れるべき状況にあった。

(2) 同年九月七日の時点での保証金の不足額は、金二六四五万円に及んでいたにもかかわらず、被告らは追証を差し入れることなく、株価の上昇によって保証金の不足額が拡大しており、被告らは原告に対して直ちに追証を差し入れるべき状況にあった。

(3) 被告らの計算に基づく、平成四年八月二一日及び同年九月一〇日の取引は、右(1)及び(2)記載の状況下において、いずれも、前記一(三)(3)記載の約定に基づいてなされた。

4  原告と被告両名との間の本件取引契約上の履行期日は九月一〇日から起算して四取引日目に当たる九月一六日である。

よって、原告は、被告両名に対し、本件取引契約に基づき、貸付残元金及び右に対する、平成四年九月一七日以降、約定の日歩四銭の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  抗弁

(請求原因1(一)に対して・心理留保)

1  被告Y1名義での本件取引契約の締結は、被告Y1が名義を貸したに止まるもので、真に債務負担をする意思はなく、かつ、原告側担当者も、本件取引契約の主体が被告Y2であることを了解していた。

よって、被告Y1の意思表示は心裡留保であり無効である。

(請求原因3(二)について・決済期限の許与)

2(一)  平成四年八月二一日、原告(従業員B)は、被告Y2に対し、同月二五日まで任意決済についての期限を猶予する旨申し向けた。

(二)  原告(同社福岡支店長C)は、被告らに対して、平成四年九月一六日まで任意決済についての期限を猶予する旨申し向けた。

(相殺)

3(一)  無断売買に基づく損害賠償請求権による相殺

平成四年八月二四日、原告会社従業員訴外Bは、被告Y2に了解を得ずに、三井信託銀行株八万株を一株金九一五円で買決済を行った。

右無断決済により被告Y2が同月二五日に同株八万株につき一株金八二五円で買付決済をする機会を失ったことによって、被告Y2は、同月二五日に同株八万株につき、一株八二五円での買決済と、一株九一五円での買決済との差額である金七二〇万円相当の損害を被った。

よって、被告Y2は、原告に対して、右Bの使用者である原告に対し不法行為に基づき、金七二〇万円の損害賠償請求権を有する。

(二)  断定的判断の提供による「買い」に基づく損害賠償請求権による相殺

原告従業員Dは、平成四年九月一〇日、被告Y2に対して、「一年前は二四〇〇円だったんですよ。一四〇〇円くらいまではすぐ戻ります。明日一二〇〇円や一三〇〇円になったらどうするんですか。」と断定的判断を提供して被告Y2に対して株式の買いを勧誘し、被告Y2は右勧誘までは、原告において、決済を待ってもらえるだけ待って買い決済を行おうと考えていたが、同日、右勧誘に応じて次のとおり買決済の注文を行った。

① 買決済 五万三〇〇〇株 株単価一一〇〇円

② 買決済 三万二〇〇〇株 株単価一一一〇円

右断定的判断の提供による勧誘により、被告Y2は、同月一六日に同株八万五〇〇〇株につき一株金九八一円で買決済をする機会を失い、同月一六日に同株八万五〇〇〇株につき、一株九八一円での買決済との差額である金一〇四三万五〇〇〇円相当の損害を被った。

よって、被告Y2は、右Dの使用者である原告に対し、不法行為に基づいて、金一〇四三万五〇〇〇円の損害賠償請求権を有する。

(三)  よって、被告Y2は、原告に対し、右(一)記載の損害賠償請求権と本訴請求額とを対等額で相殺し、相殺後の本訴請求残額と右(二)記載の損害賠償請求権とを対等額で相殺する。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の、書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第四判断

前掲関係各証拠及び弁論の全趣旨によって、次のとおり認める。

一  請求原因1(一)(二)の事実中、本件契約の主体等及び抗弁1について

1  本件においては、被告Y1が口座開設申込書等への署名押印等をなした事実は当事者間に争いがないが、原告及び被告らは、本件取引契約の締結について、要旨、次のとおり主張する。

(一) 原告の主張

本件契約の経緯は、当初、被告Y2から原告福岡支店に信用取引を行いたい旨の電話があり、平成四年四月一四日、原告福岡支店副支店長D及び同支店Eが被告Y1の事務所を訪問し、その際、被告Y1も同席した上で、被告Y2が、信用取引を行いたい旨及び投資の判断は全て自分の判断で行う旨述べこれに対し、原告は、女性客の信用取引は原則としてお断りしている旨返答したところ、被告Y2から是非やらせてくれと強く要請され、さらに注文等は被告Y2が行い、取引の責任は被告Y2が負うが、被告Y1も被告Y2の責任を連帯して保証する旨(実質は被告両名の共同の口座とする旨)の申し出があったことから、原告は一〇〇パーセント被告Y1による注文であることを条件として口座開設に応じたものである。なお、その時の確認書兼信用取引口座開設申込書及び信用取引口座設定約諾書には被告Y1が、自署押印したものであって、本件は被告Y1及び被告両名が契約主体であり、あるいは、被告Y1の署名押印は、被告Y2の債務を引き受け、あるいは保証する趣旨でなされたものである(もっとも、原告の法的主張は必ずしも明解であるとは言いがたいところである。)。

(二) 被告の主張

平成四年春、被告Y2は前記Eと被告Y1の事務所で面談し、被告Y2が金五〇〇〇万円を有していること、現在の株式の市況からみて売りが有利だから信用取引をしたい旨話したが、被告Y2の住所が唐津で福岡からみて遠隔地であり、かつ、被告Y2が女性であるため、会社の規則で信用取引はできないことになっている旨説明してその要望には応じられない旨告げたので、被告Y2は信用取引を諦めた。

しかし、その後、前記Eから数回にわたり勧誘の電話があったのち、副長の許可があれば信用取引ができる旨の電話があり、被告Y1の事務所で、被告Y2、被告Y1、E及びDの四名が会った。そして、その際、被告Y1が取引をするわけではなく、取引は全部被告Y2がすること、投資する資金も全部被告Y2のものであること、一人息子を亡くしたばかりで少しでも被告Y2の気が紛れたらいいと思っていること等を話したところ、Dから「女性の名義では信用取引はできませんが、御主人の名義でやってもらえばできます。この書類に御主人の署名と捺印をお願いします。」と言われたので、被告Y1は差し出された書類の署名と捺印をした。捺印に使用した印鑑は、被告Y1が使用しているものではなく、被告Y2が使用しているものである。このことは、署名・捺印時に、D、Eともに了解していたのであって、被告Y1は、名義使用について許諾したのみであり、被告Y1は被告Y2の責任を連帯して保証するなどといった申し出をしたことはない。

2  本件契約の実質的主体について(併せて抗弁1について)

前掲関係証拠によって認められる次の各事実、すなわち、原告会社に対する個々の取引の指示や交渉の中心は明らかに全て被告Y2であり、株式の売買結果等の確認の署名等は被告Y2においてこれをなしていたこと、原告会社においても、追証状態になって後の交渉もすべて被告Y2を相手にこれをなし、被告Y1に対しては、内容証明郵便を送達していることを除いては、追証等を直接求めた形跡がないこと、本件取引における預託金の原資は被告Y2の管理にかかるものであったこと、被告Y1が本件取引契約に基づいて原告に対して、株式の売買を依頼した事実は認められないこと、本件信用取引は、当初被告Y2自らが実行することを希望したことを端緒とするものであること、そして、被告Y2が、被告Y1の代理人であり或いは使者として本件取引にかかわった事情を窺うことはできないことなどによれば、本件取引契約の実質的主体は被告Y2であり、また、原告側担当者においても、当該事情を熟知していたと認めるのが相当である。

もって、本件取引契約の実質的主体については、被告Y2であり、同被告が被告Y1の名義を借用して本件取引契約におよび、他方、被告Y1は本件取引契約に従って、原告との間において株式の信用取引等をなす意思はなく、また、原告側担当者もそのことを知悉していたと認めるのが相当である。

3  被告Y1による連帯保証又は債務引受の有無について

原告は、被告Y1の所為は、債務を負担する趣旨でなされたものであり、このことは、原告側担当者Dが、被告Y1に対して、連帯債務者として責任を負うべきことの確認をなし、その了解を得ていたことから明らかである等と主張するが、前記2において認定した諸事情及び当該事情から認められる被告Y2が本件取引契約の実質的主体であったと解されることに加え、原告担当者の前記D作成の陳述書の内容は「事務所を訪問した際に、取引は被告Y2の判断で行いたいというと、女性客の信用取引は原則として断っている旨説明したところ、口座取引は被告Y1が開設し、実際の注文は被告Y2が行いたい旨の、被告Y2からの強い希望が出されたため、すべて、Y2氏側の注文による取引であることを条件に信用取引口座を開設することを認めた。」というものであり、右Dの証言は、被告ら代理人による「被告二人に連帯して責任をもってもらうんだと説明したのか。」との反対尋問に対して、「はい、説明しました。」という程度にとどまり、被告Y1との問答の内容などには何ら具体性がないことをはじめ被告Y1の関与の程度についてはなお曖昧なままであること、右Dは原告会社福岡支店の副支店長であり、本件取引等につき、実務面での決済処理に相当重要な位置を占めていたと思料されるところ、原告会社内部で、本件の如き実質的な取引主体と異なる被告Y1名義で取引契約を締結するに際しての検討した過程がなんら顕れていないこと、原告が責任の帰属主体であると主張するところの被告Y1の財産状態について、原告において格別の調査等をなした形跡は本件証拠上存在しないこと、そして、原告の主張を否定する被告Y1本人尋問の結果は、本件事実経過を相応に説明するものであること等を総合考慮すれば、確かに、被告Y1の所為は、被告Y2の債務を負担する意図のもとになされた可能性は存在するものの、一方で、被告Y2が女性であったことなど、契約の名義主体とすることを避ける目的で便宜的になされた可能性(更には、被告Y1においてそのように理解していた可能性)もなお否定することはできないのであって、被告Y1の所為が被告Y2の債務を保証する趣旨で、あるいはその債務を引き受ける趣旨でなされたものであるとまでは認めることができず、結局、原告の主張を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないところである。

二  請求原因1(一)(二)の事実(前記一において判示した事実を除く。)は、甲一の1、2、六、七、乙六及び弁論の全趣旨によってこれを認める。

三  請求原因2の事実(被告側の名義による株式売買)は、当事者間に争いがない。

四  請求原因3の事実について

1  請求原因3(一)の事実中、平成四年八月二四日及び同年九月一〇日の取引を除くその余の取引に関する部分は当事者間に争いがない。

2  平成四年八月二四日の取引について

(請求原因3(一)・被告Y2による売買指示の有無について)

(一) 原告は、八月二四日の取引は、被告Y2の了解のもとなされた旨主張し、被告は、右を否認して、右取引は原告会社担当者Bの一方的な売買である旨主張するから検討するに、まず、右Bの証人尋問の結果は次のとおりである。

(1) 平成四年八月一九日、三井信託銀行五万株の信用売(六八四円で三万株、六八七円で二万株)が被告Y2の指値注文で約定に至った。その際、Bは被告Y2に対し保証金が三〇〇万円程不足していること及びその三〇〇万円を入れても七一〇円前後で追証(追加保証金)が必要になる旨被告Y2に伝えたが、被告Y2は寺院による相場予測を信じているようで、強気の対応をなしていた。

(2) 同月二〇日、日本経済新聞朝刊に総合経済対策が発表されたことから、株価の上昇を予測して、その旨被告Y2に朝方電話でその旨を伝えたが、当日は格別の注文はないまま、三井信託銀行株は七二二円となり、追加保証金が必要となったことを電話で伝えた。

(3) 同月二一日、三井信託銀行株は、買い気配で始まったため、被告Y2に対して相場が強く、同月二〇日の終値(七二二円)で全株買い戻した場合、約二〇〇〇万円の損になること等を伝えたところ、一〇〇〇万円を入金する旨言われたため、唐津まで被告Y2を迎えにいって、市内の信託銀行に送って、午後三時すぎに銀行に戻ったが、八二二円で引けていた。

その後、被告Y2が原告会社を訪れ、一〇〇〇万円の入金をしたが、その際、同被告に対して今全部処分すれば三〇〇〇万円以上の損になることを説明し火曜日までに追加保証金を入れるか建玉を処分するかしてもらわなければならない旨伝えたが、被告Y2は急激な損失の発生に動揺した様子であったが、同月二四日のに値動きを見ながら返済の方法を考えるということで別れた。

(4) 同月二四日、朝七時半ころに被告Y2に電話したが、同女は機嫌が悪く、金曜日話した内容も余り覚えておらず、証人に対して苦情を述べた上、「東林寺の予測ではあと一〇日位したらズルズル下がり始める。」等と言われたのでとりあえず寄付を見ることにしたところ、当日、三井信託銀行は八四二円で寄り付いたが、その後一旦前日の終値である八二二円より安くなってきたのでBは被告Y2に再度電話して返済を勧め、当日一〇時八分に八〇一円で三万株の指値の買注文を受けたが(中途、指値変更)、成約に至らなかったため、被告Y2に対して、指値でなく成行注文に変更するように勧め、その承諾のもと、銀行株については成行き注文が受けつけられないため、実際は常に買い気配値以上の指し値注文を入れた。

ところが、一時半すぎには、株価は買い気配のまま九〇〇円を越えたため被告Y2に対して、三万株返済しても追証が必要であるため、八万株(建玉残の約半分)返済するよう勧めたところ、被告Y2は渋々承諾し、結局、一株九一三円で八万株買い戻した。

というものである。

(二) そこで、検討するに、右Bの供述は、株価の変動等については前掲の関係証拠から認められる諸事実と符合するなど、証言それ自体として見る限りは格別不自然な点はなく、他方、被告Y2の供述は、要するに、同被告において、本件二四日の注文をなしたことはなく、同月二四日当日の取引は、右Bが一方的になしたものであり、また、中途、右Bから追証が必要である旨告げられたこともなく、更に、保証金一〇〇〇万円を追加したのは、当初三〇〇万円の保証金が必要であると言われたので、右Bの労を省くために余計に追加したにすぎない等とするところであるが、二〇日から二四日にかけての交渉過程において、追証について告げられたことはない(保証金三〇〇万円については格別)とする点や、保証金を三〇〇万円ではなく一〇〇〇万円に加算した根拠についての説明などは、株価の変動や追証が発生した場合の証券会社において想定される一般的な処理方法等の客観的な事実関係とは抵触するものであること等、その供述の重要部分において首肯できない点が多数認められ、容易に採用することはできないところである。

しかしながら、本件八月二四日の指示については、被告Y2は、取引直後から副支店長であった前記Dとの面会を求めていること(証人B)、翌二五日朝、右Bは取引経過について右Dに報告をしていること、右Dは被告Y2の呼出しに応じて、午前中に自ら唐津まで赴いていること(証人D)、同所において、被告Y2から、無理やり返済させられた旨のクレームをつけられたこと(甲第七号証)、実際、本件取引後に右Bは被告Y2の担当から外されていること等の諸事実が認められるのであって、かかる諸事情は、本件売買が被告Y2の指示によるものではないとする同被告の供述を合理的に説明すること、同時に、右に反する原告側証人の証言とは必ずしも整合しないこと等に照らせば、前掲関係各証拠を総合したとしても、同月二四日の取引が被告Y2の意に基づくものであったと判ずるには十分ではないというのほかなく(因みに、被告Y2は取引直後に、Bを通じて、右Dとの面会を求めているところであるが、八月二四日の終値の九一〇円と本件での買付価格の差異は殆どなく、この種事件で時に認められるところの株価が下落して後の不当なクレームであるとは言いがたいところである。)、結局、本件売買が被告Y2の指示に基づいてなされたとの原告主張の事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。

(請求原因3(二)・任意決済について)

(三) 原告は、本件取引契約において、追証状態が生じた場合は、直ちに顧客の計算において株式の売買等をなしうる権限が原告にはあると主張するが、証券取引所(東京)受託契約準則(甲第六号証)四八条には、追証状態が生じた日から三日目の正午(本件においては、同月二五日)までに追証を差し入れさせなければならないとする旨の規定が存在するところ、原告の援用する右六〇条は、所定の時限までに履行なき時は任意決済できる旨規定するにとどまり、仮に、履行の請求時から遅滞におちいるとしても、原告による任意決済を可能にする「所定の時限」が、「直ちに」であるという趣旨であるとは解し得ないのであって(なお、同準則四七条は、顧客の信用取引に係る有価証券の相場の変動により計算上の損失を生じている場合には、その損失額に相当する額を委託保証金として追加差し入れさせることができる旨規定するが、同条には履行期に関する規定はなく、またその趣旨からしても、四八条の規定より更に短期の履行期の設定を可能にするとは認められない。また、八月二〇日の終値である七二二円を基準とする追証状態に対しては、翌二一日に追加保証金一〇〇〇万円が差し入れられているところである。また、同日の前記Bの被告Y2に対する追加保証金要求は、八月二五日をその期限とするところである。)、八月二四日の本件処分の時点で、原告会社が任意決済をなすべき権限があったとは認め難いところである。

3  請求原因3(一)の事実中、平成四年九月一〇日の取引について

平成四年九月一〇日の取引は、経過については措くとしても、被告Y2の指示に基づくものであったことは当事者間に争いがない。

しかしながら、被告らは、右は、原告側担当者Dにおいてなされた断定的判断の提供の結果によるものであると主張するから検討するに、右Dは、「株価が上昇したらどうするのか。」と言ったにすぎない旨供述し、他方、被告Y2は、脅迫まがいの電話が度々であった等と供述するところ、本件の事実経過に関する被告Y2の供述等に顕れた右Dの発言内容それ自体が、断定的な判断の提供であったとは必ずしも認めがたいことに加え、関係証拠によって認められる次の諸事実、すなわち、平成四年八月二四日の買付決済後も被告Y2は追証を要求される状態であったこと、しかるに、株価は徐々に上昇し、評価損金が預保証金を上回る事態に至っていたこと、九月八日には被告Y1宛保証金不足額金二六四五万円が差入れられない場合には任意決済をなす旨の内容証明郵便が送達されていること、そして、その後も高値の状態は続いており、更に追証の補充や差損の拡大の可能性があったこと等に照らせば、原告担当者の発言が被告Y2の不安を煽った側面は多分に認められるものの、その発言は前記客観的な事実経過あるいは市況の推移の可能性の描写の域を越えているとまでは認められないのであって、結局、被告らの主張を認めるに足りる証拠はないといわざるをえないところである。

4  請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

五  抗弁3の事実(相殺)について

1  抗弁3(一)の事実について

平成四年八月二四日の取引が、被告Y2の指示に基づくものとは認められないことは前記のとおりであるから、右によって被告Y2に生じた損害を右Bの使用者である原告は賠償する責任があるというのほかはない。

そして、当初被告Y2は、当初同年八月二五日に株式売買をなそうとしていたことが認められるところである。もっとも、被告らは、賠償算定の基礎として、八月二五日の株式の最低価格を援用するが、株式の値動きには相当の幅があるのが常態であって、当日、被告Y2において、その安値で売却しえたとまでは認めることはできず、結局、当日の高値八九九円と安値八二五円の平均値である八六二円をその算定の基礎とするのが相当である。

従って、右によって算定される金四〇八万円がその損害であると認める。

2  抗弁3(二)の事実について

平成四年九月一〇日の取引については、前記のとおりであって、他の関係各証拠によっても、当該取引が違法であったと認めるに足りる証拠はなく、その所論は理由がない。

3  抗弁3(三)の事実(相殺の意思表示)は当裁判所に顕著である。

第五結論

以上のとおりであって、本件請求中、被告Y2に対する請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し、被告Y1に対する請求は失当であるからこれを売却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 向野剛)

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